絹谷幸二と奥井理

今北海道近代美術館で絹谷幸二展が開かれている。
絹谷幸時二は情熱的な鮮烈な色彩の絵という思いで訪れた展覧会でしたが、奈良県に生まれた絹谷幸二の画業の変遷を知り、
大阪生まれで、奈良をよく訪れた私は絹谷さんの絵に対する思いに少しだけ触れた思いでした。そして絹谷さんの絵の見方が変わったように思いました。
そして私は一枚の絵の前に釘付けになりました。
それは『yes or no』という作品 1991年自衛隊の海外派兵、憲法9条の問題が取り沙汰された年の作品です。

息子の理はこの年中学3年、卒業記念文集に彼は自分の気持ちを書いていました。

僕、今生きています。       奥井 理

今、僕は生きています。だけど生きてる心地というか、
生きてる感じというのがあまりわかりません。
誰にも未来は、わからない。この世は偶然の世界だと
感じています。何かの拍子に地球ができて、人間が生まれ、
そして僕がいる。そして、過去には、決して戻れない。
が、その過去も、みんなにでたらめを教えれば、それが
真実となり、真実がでたらめになる。人間の世界なんて、
そんなもんだ。起きたことも、誰かが、そこで嘘を言えば
、それが事実になる。自分たちが不利になるようなことは、
言いたがらない。そんなことでいいんだろうか。
去年、NHKでもモザンビークという国の内戦のことを取り
上げた番組をやっていた。モザンビークでは、政府軍と
ゲリラとが戦っていて、ゲリラがたくさんの村を襲い、
村の人たちを虐殺し、子供たちを奪いとり、ゲリラの武器
にしているのだ。子供たちは、ゲリラに洗脳されて、
人間の理性を無くし、武器として戦っている。ゲリラの
子供たちは政府で保護されている。専用の施設に入って
人間として生きていけるようになったら家庭に戻ったり、
家庭の無い子はもらわれていく。だけど子供たちの心の
傷は一生残ります。僕はショックでした。僕たちの生き
てる地球で、そんな事が起きているとは思いもしなかった。
平和というものが、どれだけ大切れわかったような気がした。
今、本当に平和ということが問われている。
湾岸戦争で、日本人が何をするべきか、
唯-の被爆国である日本が先頭に立って、戦争を反対
しなければならないのに、アメリカにべコペコして、
自衛隊を派遣しようとしたり、たくさんのお金を、
戦争のためにつぎ込んだりしている。戦争だから
しょうがないんだで済まされるのでしょうか。
罪の無い人が殺しあい、それが許されるのか。
日本は今、憲法を変えてまで戦争をしたがっている。
一度ゆるめれば、もう歯止めははきかなくなる。
みんな平和のために立ち上がれ。
                         1991 理15歳

絹谷さん 48歳 、奥井里 15歳 (理は西校に入って美術部に入ることを目指していた。)
二人の想いを考えると胸が熱くなりました。